☆顕微授精体験記☆

主人の男性不妊が分かってから、顕微授精に取り組むことになり、 治療の記録を書かせていただいております。

ご覧いただき、ありがとうございます。
実際に顕微授精を受ける中で、辛かったことや感じたこと、治療記録などを綴っています。
個人的な日記ではありますが、一つの実体験として、残しておきたいと思っています。何かのお役に立てましたら、幸いです。

久しぶりに投稿します。
2020年2月に不妊治療を卒業して、日々、子なしの苦しみや葛藤と闘って、もがいて来ました。
先月私は45歳になり、夫は先日42歳の誕生日を迎えました。
なんだかんだ、今日まで離婚せずに暮らして来ました。
この3年ちょっとで、10代の頃から頑張って来たことが実を結び、夢が一つまた一つと叶い、仕事の状況は良くなって来ています。海外のお客様とのやりとりも増えたし。
それでも、やっぱり、欲しかったのに子どもが持てなかったことについては、毎日毎日堂々巡りの思考を繰り返していますよ。
最近、仕事で関わっている年配の男性には嫌な思いをさせられます。私に会うたびに「お子さんはいらっしゃるの?」って聞いて来るんですよ。この前言いましたよね!って心の中で叫びます。ご本人にはお子様が3人もいらっしゃって、何かにつけてお子さんアピールをして来ますね。
これからも、予期せずして心痛むことはたくさんあるんでしょうね。まぁ、全部受け入れて生きていきますよ。これも私の選択の連続が生み出した結果なんですから。
さて、今でも日本の男性不妊の研究については興味があって、時々調べてしまいます。
私が通ったのは、関東の総合病院の不妊外来でした。一応は県内唯一の男性不妊外来を有する病院でした。
最初に行った産婦人科で、紹介状をもらったので、まずはそこから、という流れで通院を始めました。
主人の重度の乏精子症を改善するために精索静脈瘤の手術も受けられたけど、全く何も変化がなく、そのまま採卵、顕微授精と進みました。
その時も、疑問に思っていたし、不信感を抱いていたけど、精子異常の高度な精密検査もできず、原因も分からないまま、「とりあえず顕微授精をやってみましょう。異常な精子ならそもそも受精しませんから。」っていうスタンスはおかしいですよね。
一番最初に、精子研究の第一人者の黒田優佳子先生のクリニックで精子の精密検査をしていただくべきだったと、今さら、ホント今さら悔やんでいます。
当時主人に電話で問い合わせてもらった時、カウンセリングと精密検査で10万円かかるとのことでした。
採卵や移植などの高額な出費を繰り返し経験した今、10万円は安かったなと思います。まず何よりも、一番最初に精子異常の状態や原因を突き止めるべきでした。
そうしたら無駄な時間を過ごさなくて済みましたよ。
現在も、精子異常の発生のメカニズムとか治療方法とか、分からないことはまだまだたくさんあるみたいですね。
もっと研究が進められて、精子の異常に目をむけた不妊治療が行われるといいですね。

さてさて、とりとめのない長い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日も夢に向かって頑張ります。

2020年2月に不妊治療を「卒業」して、
約1年半が過ぎました。
その間、ずっと離婚のことを考えて来ましたが、
今もまだ動けず、「保留状態」を生きています。
何回もひどいケンカをし、
その度に別居と離婚を考え、
実家の母に電話で相談に乗ってもらって、
なんとか持ち直して、
今に至ります。

実家が遠方にあると、
ケンカをした後、すぐに実家に帰る、
ということができないので、
歯を食いしばって耐えるしかありません。

そのうえコロナの影響。
帰りたくても帰れない状況が続いています。

先月、大げんかをして、ひどく罵られ、
「寄生虫か‼︎」とか 
「頭おかしいおかしい思って来たけど、
やっぱりおかしいよね‼︎」とか、
さんざんな言われようでした。
怒鳴られるのは、今に始まったことではありません。
結婚前、一緒に暮らし始めた時から、
よく怒鳴られましたよ。
それでも入籍してしまった私も悪いのです。

主人は重度の乏精子症で、
そのために不妊治療に踏み切りました。
採卵1回、顕微授精、胚移植3回。
男性不妊が分かってから、
主人の義両親や親族の方たちへの
不信感も募り、私から遠ざかってしまいました。
義理の母の対応や言葉に傷つき、
義実家にも祖父母の家にも
行かなくなってしまいました。

主人は、自分の家族を本当に大事にする人で、
私のそういう態度が気に入らないのです。

義理のお兄さんのところには息子が2人いて、それもまた嫉妬心が湧いて来てしまうのです。
私の不妊治療中に、義理のお姉さんが2人目を出産されたのもきつかったんです。

義両親の家には、きっとたくさんの孫の写真が貼ってあるでしょうし、法事で集まった時には、当然孫たちが主役。

私だって欲しかった。
でも主人のせいでできなかった。

そう考えずにはいられなくて、
あの法事の食事会の時はなんとかこらえ、
家で泣きました。

そういう気持ちは、
何ヶ月経っても消えないし、
スーパーに行って子ども連れを見ては苦しくなり、
テレビを見て子どもに関する映像を見ては辛くなり、やりきれなくなります。

お世話になっている年配の女性が、私が不妊治療をしても子どもを授からなかったことを知っているのに、娘さんと生後6ヶ月のお孫さんの写真を送って来ました。
自慢したくて仕方ないのでしょうね。

お祝いのメールはお送りしましたよ。
でも、心中穏やかじゃありません。

一生続きますね、これは。
43歳。この先どう生きるか。
毎日毎日悩み続けています。

自分の活動に専念し、生計を立てる。
それしか自己実現の道はないと思っています。

主人は私の活動を応援してくれていますし、
今好きなことがやれているのは主人のおかげと
感謝しています。
でも、ひとたびケンカすれば、
「俺が養っているんだからな」
「一人で生きてみろよ」
と言います。

機嫌が良くなれば、まあまあ優しいんですけどね。
ただ、不妊や仕事のことなど、悩みが多くて陰鬱な感じはあります。


今の目標は、ワクチン接種。
来週やっと1回目。
来月2回目を打って抗体ができた頃に、
1年ぶりに地元に帰ります🚅

引っ越しになるか、
一時帰省になるか、
それはまだ決められないでいますが。
あと1ヶ月半、なんとか頑張ります。

まとまらない文章を最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

不妊治療を終了した直後、
ある不妊治療の会に、
取材協力者として登録させていただいた。

半年経って、
取材のご依頼が来た。
どういう取材形態かはまだ分からないけれど、
お受けしたい旨、お伝えした。
主人には、登録したことすら言ってない。

不妊治療を終了しても、
「はい、それで終わり!」とはならない。
なれない。
やっぱり、不妊治療に関する様々な報道やサイトを見るし、自分の考えを述べられるようにしておきたい。

不妊治療の世界のことなんて知らずに、
自然に授かれていたら、そりゃあ、それが一番いいに決まってる。

だけど、そうはいかなかった。

最初の検査で「男性不妊」というものがあることを知って、それからすべての不妊治療を終えるまで約2年半。

その間に経験したこと、無駄にはしたくない。





不妊治療は、男性に不妊の原因があっても女性に負担がかかるという理不尽さがついてまわる。そして、ベストを尽くして頑張ったからって授かるものでもない。

採卵や胚移植、ホルモン剤の投薬などは、治療そのものの痛みだけでなく、心の痛みも伴う。

通院をやめても、胸がギュッと締め付けられるような痛みは消えないのだ。
胸の痛みや授からなかった無念さは増すばかり。

それとどう向き合って生きていくか。

どう折り合いをつけたら、自分にとって一番いいのかを、探しながら毎日生きている。



取材が実現しますように。


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